跳ね上がっていく映画製作費
まずは、は公開される1980年復活の日までの角川映画作品の一覧です。
公開年 | 作品 | 制作費 |
興行収入(単位:億円) |
1976年 | 犬神家の一族 | ― | 15.6 |
1977年 | 人間の証明 | 6 | 22.5 |
1978年 | 野性の証明 | 12 | 21.8 |
1979年 | 悪魔が来りて笛を吹く | 5 | 7.3 |
1979年 | 白昼の死角 | 6.1 | |
1979年 |
蘇える金狼/ 金田一耕助の冒険 ※二本立て |
― | 10.4 |
1979年 | 戦国自衛隊 | 11.5 | 13.5 |
1980年 | 復活の日 | 24.5 | 24 |
※出典:Wikipediaより
1977年の人間の証明では映画制作費6億円といわれておりますがメディアミックスによる広告展開にかかった費用は10億を超えているとされております。その結果22億5千万余の配給収入となります。
1978年の野生の証明の総製作費は約12億円、そのうちアメリカ(カリフォルニア州)のロケ撮影で約5億円の製作費が使われ、21億円以上の興行収入を得ております。斜陽と呼ばれた日本映画の中で配給収入は黒字となります。その結果制作費もどんどん跳ね上がります。
1979年12月公開の戦国自衛隊では野生の証明に続き映画製作費は11億5千万円とに対し配給収入13億5千万という黒字と続きます。一覧から見るとすでに1977年の人間の証明の配給収入による見込みから当時の角川映画の路線は大作路線に舵を切ることになり、復活の日の映画製作では角川映画の製作ではこれまでにない映画製作費を上回る大作製作に至るのでした。
『復活の日』豪華な俳優陣、世界中ロケで跳ね上がる製作費
勢いに乗る角川映画。満を持して復活の日の撮影は1978年冬の時期に撮影開始しました。
以下の製作スタッフ、配役で撮影開始されました。
監督: 深作欣ニ
脚本: 高田宏治/深作欣二/グレゴリー・ナップ
録音: 紅谷愃一
音楽: 羽田健太郎
原作: 小松左京
撮影監督: 木村大作
美術監督: 横尾嘉良
草刈正雄
渡瀬恒彦
夏木勲
千葉真一
森田健作
永島敏行
角川春樹(日本南極隊員としてカメオ出演)
高月忠
千葉真一
緒方拳
小林稔侍
多岐川裕美
丘みつ子
海外からもアメリカのハリウッド俳優で活躍したグレン・フォードさん他参加しました。
オリビア・ハッセー
ボー・スベンソン
ジョージ・ケネディ
グレン・フォード
ロバート・ボーン
チャック・コナーズ
他多数出演
1978年において、当時の日本映画界トップの監督は1973年公開の『仁義なき戦い』で当時活躍中の深作欣二、撮影監督は1977年に公開された『八甲田山』で当時とな時過酷な八甲田山での撮影を行いカメラマンとして評価が高かった木村大作を起用、俳優陣も当時活躍中の俳優を豪華にこれでもかというぐらい出演しております。ちなみに現千葉県知事の森田健作さんも出演してますね。
さて復活の日は当初は10億円の製作費の想定でしたが、早くも90日間で70カ国い早くも5000万円かかります。
映像を見ると、冒頭登場する南極の氷山やペンギンなど壮大な映像に撮影にホントに南極で撮っているのがわかり唖然とします。
2016年に第29回東京国際映画祭の「日本映画クラシックス」部門に復活の日の4Kデジタル修復版が出品された際に撮影監督を務めた木村大作さんがトークショーでこう述べております。
復活の日は今の日本映画じゃできない。金がかかりすぎるぐらいかかっているからねえ…TBSが4億出したしなあ…。チリの旧式の潜水艦をチャーターで1億円。スタッフを乗せる輸送船とハリウッド俳優たちが止まる豪華客船でチャーターで2億円。
南極を含む90日間で70カ国に行った。それだけで5000万円かかっているからねえ。
ロケ地は実際に行き、潜水艦もチリやカナダから実際に借りて撮影。
最初の三カ月で早くも5000万円のロケ費用がかかり、さらにスケジュールが大幅に遅れ、当初の想定だった1980年の正月より半年遅れます。
その状況に、前年で野生の証明などでも巨額の撮影費を投じていた製作の角川春樹さんもさすがに焦ります。各地でロケ撮影中深作欣二さんへ、北海道ロケを提案するのでした。
それに対して撮影監督の木村大作さんは猛反対します。
厳寒の八甲田山の中実際に撮影するなどリアルな映像にこだわる木村さんは、南極で撮影しないなら下りると拒否。監督らと建前で北海道を回ったそうだが、「俺は1回もロケハンの車から降りなかった」と押し通したそうです。
撮影は困難を極めたそうです。映像見ると現在ではCGでまかなえそうですが、当時ではリアリティを追求すると実際に現地に行っての撮影や、アナログによる力業で撮影を行ってますのであらためて見ると映像の印象が変わるのではないでしょうか。
冒頭の潜水艦が南極の海から浮上するシーンを撮るため、風でブレないように構えてヘリコプターの外に出て撮影したり、(地上側の深作さんの連携が取れずにイラついて怒っている中海に落ちたそうです。)
携帯がない時代、無線もあまり便利に使えなかった時代なので潜水艦が浮上する場所も勘で狙って撮影するなど試行錯誤を重ねたそうです。
数秒しかない南アンデスのマチュピチュの遺跡もロケ敢行!木村ワールド炸裂です。
今見るとピンとこないかもしれませんがあまりストーリーには関係なさそうなシーンですが、絶対とってみたいから撮ったんだろうなあと感じる木村大作ワールド全開なクレージーさです。